天気                                5月29日

  昨日、一昨日と天気が悪い。一昨日はパラパラ降る程度だったのに、昨日は午後から激しい雨。日曜日に出発なんだから、晴れて欲しいのに。ただ、夕方雨が上がった時、虹が出た。海の上に半円状にきれいにかかった虹。マルタにきて虹はよく見たけれど、今回のが一番きれいに見えた。ちょうど大型フェリー、クルーズ船が何隻か通り、虹に向かって航海しているようにみえた。おもわず写真をとったら、お隣さんも同じことをしていた。
 天気予報を見たかぎりでは、今日からいい天気になりそう。今日中にインターネットを使わないと出来ないことを片付けないといけない。、ADSL用モデムを返却し、デポジットを受け取らなければいけない。インターネットヘビーユーザーとしては出発ぎりぎりまで使いたいけれど、土日は会社が休みだからどうしようもない。金曜朝には大家さんがフラットの最終チェックにくるし、それまでにすべてを片付けないと。はあ、面倒。



 週末                                5月26日

  土曜日まで風が強い日が続いていた。よって土曜日はコミノに泳ぎに行こうと思っていたけれど、却下。来週の最後の土曜日の天気に期待しよう。普通にスリーマで泳いだけれど、風のせいか水がつめたく感じる。泳がないで浮かんでいると10分ほどで鳥肌がたってしまう。
  日曜日は風もおさまり、非常によい天気。泳いでいる人の人数も増えた。私も30分ほどシュノーケリング。
 いつもフラットから海を見ていると、朝7時ごろにきて泳いでいく夫婦がいる。私も朝日差しが強くならないうちに泳きたいけど、さすがに寒いのではないかと思ってしまう。
 最近気になるのはマルタのバスに取り付けられた赤い機械。あれはいったい何なのだろう。スリーマフェリーターミナルのインフォメーションは立て直されてきれいになり、券売機らしきものが置かれている。切符が自動化されるのだろうか。
  そろそろ荷物をつめはじめないと。英文履歴書も作成しておかないと。最後の一週間はあわただしくなりそう。


 夕食                                5月25日

  23日の夜、私のプライベートレッスンの先生を招いて食事した。メニューはビーフンとハムの中華風スープ、トマトの和風ドレッシング漬け、から揚げ、エビチリなす。から揚げはいつものごとく評判がいい。生姜の香りが気に入った、といってくれた。エビチリなすもかなり好評。前日に作ってみて友達に受けがよかったので出してみたところ、こちらもうけた。これまでエビチリにナスを入れるなんて考えたことがなかったけれど、ナスをいれると、エビ少なめでもよく、実はエビよりナスがおいしかったりする。とにかく喜んでもらえてよかった。


 風が強い                             5月23日

  ここ2日ぐらい風が強い。波が高くて泳ぎにくいので、泳いでいる人も少なめ。今日もなんだか風が強そう。週末は思いっきり泳ぎたいからいい天気になってほしい。


TOEICの申し込み                         5月20日

旅行に行くついでに、TOEICを受けるつもりなので、旅行先のポルトガル、スペイン等に問い合わせしていた。やはりいやなことは旅行前に終わらせたいので、最初の滞在地ポルトガルのリスボンで受けられられることがわかって安心する。申し込みは15日前までにメールかファックスで行う。月〜金の10:00〜17:00の好きな時間を指定できる。結果は数十分待つ程度で受け取ることができ、スコアだけが必要な場合は場合は71.4 ユーロ、証明書がいる場合は83.3ユーロになる。本当に便利だ。少し値段は高めだけれど。
  先週の土曜、メールで住所、氏名等を書き申し込んだが、日本の住所を書いたからか最初の返事は「私たちのオフィスはポルトガルにあって日本にはありません。本当にポルトガルで受験を希望されるならもう一度メールをください」だった。そりゃまあ、日本人でポルトガルでTOEICを受けた人はそうはいないかもしれないけれど、わざわざ間違えてポルトガルにメールなど送らないぞ、などと思いながらマルタで英語を勉強中で、ちょうどポルトガルに行くのでポルトガルで試験を受けたい旨もう一度メールをすると、すぐに了解の返事がもらえた。オフィスは地下鉄の駅からそう遠くなく、場所もよさそう。
  それにしても初めてのTOEICはエジプト、次はポルトガル、その次は香港(6月22日の予定)。日本で受ける日はくるのやら。
  ミニ情報のTOEICに自分が忘れないようにスペインとポルトガルのURLを追加。ちなみにスペインは43.97ユーロ(16%の税金は含まれていない)。


ゴールデンベイ                           5月18日

  17日、土曜日。ゴールデンベイに行ってきた。曇りだったからかどうかわからないけれど、652のバスもそんなに込んではいなかった。1日のメーデーの日は快晴ですごい人だったというのに。
 ビーチもそんなに混んではいない。日差しが強すぎず、日本人にとってはかなりいい天候。売店やレストランではCisk500ml缶Lm0.60,サンドイッチLm0.60〜と、観光地価格というほど高くないのがうれしい。
 水もずいぶん温かくなってきた。1日に来たときは泳げたものの最初に水に入るときは我慢が必要だった。けれど17日はちょっとつめたくて気持ちい、程度のつめたさで、ずっと水に入ったままの人も多かった。

 旅の準備                               5月14日

  マルタを離れるのは6月1日。本当に離れたくない。かなり寂しい。それでも、最後はのんびりしたから、着々と準備を進めている。
  香港に帰るのは6月18日。(ローマ発)なので、その間の18日間、どう旅行するかは、かなり前からいろいろ考えていたものの、はっきりしていなかった。いってみたいところは、ポルトガル。マカオを何度も訪れていたせいで、ポルトガル料理、ワインにも少々なじみがる、というのが理由。あとはイタリア。イタリアは長年の思い入れが強すぎて、見るなら1年ぐらい徹底的に見たい国。だから、短い時間しかない今回は下見といったところ。
 マルタからローマまで片道のチケットを持っているので、イタリアでチケットを購入しようかとも考えたのだけれど、一日でもどうせならマルタに帰ってきたいし、荷物も置いていけるので、マルタからの往復チケットを買うことにする。
 そこで最初に考えたのがモロッコ行きエアーマルタのスペシャルオファー、Lm75。カサブランカからポルトガルを回って帰ってくる、というもの。しかし、よくばってスペインにもいって見たくなってしまったので却下。
 次に思いついたのはルフトハンザのスペシャルオファー、Lm109を利用して、マルターマドリッド バルセロナーマルタのオープンジョーチケットを買い、マドリッドーリスボン、マドリッドーバルセロナ間は陸路で移動するという案。ただマドリッドーリスボンは往復することになるので、時間が無駄になる。電話して聞いてみると、マルターリスボン、バルセロナ(もしくはミラノ)ーマルタのチケットはLm139とのこと。往復の列車代金をかんがえれば同じぐらいか、と思い、このチケットに心が傾く。
 ただ、一応これが再安のチケットが確認するために、旅行社へ行く。いろいろな航空会社の料金を比較するにはやはり旅行社が便利。リスボン、バルセロナ、北イタリアあたりを見てきたいんだけれど、という結構いいかげんな要求を伝えただけなのに、かなりしっかりと調べてくれた。ルフトハンザ、アリタリア、と調べた後、エアーマルタとポルトガル航空を組み合わせたチケットがあり、Lm120(TAXいれるとLm144)。マルター(ローマ経由)リスボン、ミラノーマルタ、というルートに決めた。1日出発、12日にマルタに一度戻り、13日にローマへ行き、18日香港へ。とりあえずすべてのチケットがそろった。

旅の記録                               5月12日

 *地名の日本語表記はいいかげん。日本語のガイドブックが手元にない。また時間のあるときにチェックする予定。
チュニジア旅行
 3 /13 KM680 09:55 にてチュニスへ。(往復チケットLm69.70税込み)
 空港〜チュニス市内 バス 30min 0.88TD
 チュニス〜スース 列車一等 2h 7.95TD
 スース〜エル・ジェム 列車2等 1h 3.25TD
 コロッセウム(円形闘技場)入場料 4.2TD
 エル・ジェム〜スース ルアージュ(乗合バス) 1h 2.65TD
 スース〜ケロアン ルアージュ 40min 3.35TD
 ホテル 11TD
 3/14
 ケロアン〜チュニス ルアージュ 2h 7.2TD
 チュニス〜Tebersouk ルアージュ 2h 4.5TD
 Terbersouk〜ドゥガ タクシー 10min 往復10TD
 ドゥガ遺跡入場料 3.1TD
 Terbersouk〜チュニス バス 2h 4.1TD
 チュニス〜ノーブル バス 1h 3.1TD
 ホテル 11.5TD
 3 /15
 ノーブル〜ケリビア ルアージュ 75min 2.5TD
 ケリビア〜ケルクアンの遺跡〜ハマメットのローマ人の洞窟〜ハマメットルアージュ乗り場  タクシー 10TD
 ハマメット〜チュニス ルアージュ TD4
 バルドー美術館 4.2TD
 ホテル TD17
 3/16
 チュニス〜カルタゴ 列車  30min 0.63TD
 Roman amphitheatre 〜 Musee National de Carthage 〜 Roman Theatre 〜 Roman Villas 〜 Antonine Bath 〜 MagonQuarter 〜 Punic Ports Museam 〜Sanctuary of Topet
 共通入場券5.2TD
 KM680 17:20 にてマルタへ
 
4日で世界遺産7箇所まわれてあわただしかったけれどとても満足。一番よかったのはドゥガ。ローマ人の物語(塩野七生)でカルタゴの歴史についても少し読んでいたので、カルタゴもとてもよかった。

チュニジアの世界遺産(文化遺産):
1チュニスのメディナ
2カルタゴの考古学的遺跡
3エル・ジェムの円形闘技場
4ケルクアンの古代カルタゴ市街とネクロポリス
5スースのメディナ
6古都ケロアン
7ドゥガのローマ時代の遺跡


いそがしい                               5月10日

 忙しい。毎日が飛ぶように過ぎていく。あと三週間ほどでマルタを離れてしまうなんて信じられない。さすがに9ヶ月も滞在した国を離れるとなると、やるべきこと、挨拶すべきことなどいろいろある。
 ここ2、3日、曇りで空が青くない。泳いでいる人もいるけれど、数が少し減ったようだ。今日は快晴だといいのだけれど。


マルタにおけるSARSの影響                     5月9日

 マルタにいたらSARSの影響なんてまずないだろう、と思っていたけれど、ここ最近ちょっとだけ様子が変わってきた気がする。うわさだけれど、日本人がホームステイ先を探しにくくなったとか。アジアの学生を拒否するホストファミリーが出てきたということらしい。マルタから日本は遠いので、彼らの知識、情報が足りず、日本人でも中国人でも一緒くたにされてしまう。でも、たとえばイタリアでSARSが起こったとしたら、日本人はイタリアだけでなくヨーロッパ人というくくり方をすると思うので、マルタ人ばかり責められないが。私がプライベートレッスンを受けているマルタ人の先生は、周囲の人にプライベートレッスンをやめるよう勧められたことがあるそうだ。
 まだまだ冗談で済む領域だが、私は日本人だけど、8ヶ月ほどマルタにいるのでSARSに感染している心配はありません、と見ず知らずの人に説明したことも一度だけある(これからもしかしたら何度も同じことを繰り返し説明しないといけない事態に陥るかもしれない、と考えると非常に面倒)。
 とはいえ、マルタではSARSの影響は微々たるもの。けれど、今はチャイニーズとよく間違えられる日本人が、自分達はチャイニーズではなく日本人だとはっきりわかってもらえるように説明する必要性がとても高い時期でははないかと思う。
 

クルーズその2                             5月8日

 4日、またクルーズに行ってきた。今度はCaptain Morganのゴゾ&ブルーラグーンツアー。このツアーも本当にぎりぎりに決定。当日の朝、7時半ごろにスリーマフェリーターミナルにいき、旅行社かこのクルーズ会社のブースが開いていないか探す。ひとつ、旅行社があいている。だけど人がいない。旅行社の前で突っ立っていると、「こっち、こっち」と手を振る人が。旅行社の人は隣のカフェでコーヒーを飲んでいるところだった。さっそくこのクルーズ申し込みたいんだけれど、と聞くともう満席だといわれる。困っていると、このクルーズはどうだ、と勧められる。Lm4.00ほど高いけれど、同じ値段でいいというし、うれしいことにさらにアルコール類が飲み放題、だという。旅行社のひとに携帯電話をかしてもらって同行者2人にこのツアーでいいか確認の電話をし、無料なのでフラットまでの送迎を頼み、一度自分のフラットにかえる。
 9時半にミニバスが迎えにきて、10時に出航。最初の印象はこのヨット小さすぎる!かなりの人がのりこんでいるので、スペース確保にいそぐ。最初に申し込むつもりだった帆船のほうがよかったかな、と思っていたけれど、これはぜんぜん間違っていた。ぎりぎりに乗り込んだ人たちも自分の場所を見つけ、おのおの落ち着くと、ほとんどの人が自分がねころがれるスペースを確保する余裕があった。見かけよりも大きい。マットを貸してもらえるので、マットを引いて寝転がる。水面が近くてとても気持ちがよい。早速ビールを飲みながら、ゴゾへ。天気もいいし、本当に幸せ。
 ゴゾにつくと、ビーチではなく、島の北側に停泊。少し泳いだあと、昼食になる。昼食はバイキング形式で、ワインを飲みつつサーモンやハムを食べまくる。さすがに値段が高いだけあってこの前のクルーズより格段においしい。人も先週のクルーズほど多くはないので、思う存分食べることができた。
 昼食が終わると、ブルーラグーンに移動。先週も来たけど、やはりとてもきれい。泳ごう、と思っていたのにビールとワインの飲みすぎのせいか、あまりにも気持ちのよい天気のせいか、いつのまにかねむってしまった。
 目がさめると、ちょうどブルーラグーンから出発するところだった。帰りは音楽がかかり、若い人を中心ににぎやかに踊りだす。ここらあたりからウイスキー、カクテル等もサーブされはじめる。一番おもしろかったのは、ヴィレッジピープルのYMCAがかかったとき。西城秀樹がヤングマンとしてカバーしているので、日本人ならついつい振り付けつきで口ずさんでしまう、あの曲。日本人に限らず、みんな振り付けつきで歌いだしてすごく盛り上がった。
 5時ごろにスリーマ着。ゆっくり寝転がって、日光浴しながら行きたい人、酒好きの人にはとてもおすすめ。大満足の一日だった。

財布その後                                5月4日

 やっぱりこういう話には落ちがつくものなのかもしれない。
 3日の朝、ふとソファーに目がいった。昨日久しぶりテレビを見るためにソファーに座ったので、クッションがずれている。そして、ソファーのブラックホール(つまりは90度に曲がったところにできている隙間)に黒いもの角が少しだけのぞいている。間違いなく、私の財布!うれしい、とかほっとするより、なぜだ、という思いが先にくる。落とした覚えが全然なかったので、もしかしたら家にある可能性も考えてくまなく家捜しした。ソファーの上に財布を置いた覚えはないし、あんなに奥にまで自然に入り込むわけがない。浮かんだ犯人像は、ユーゴスラビア人の女の子、5歳。そういえば、あの日は彼女と一緒に街に出かけ、帰りにうちによった。私がパソコン使っている間、彼女は一人で遊んでいた。しかも彼女は物を隠すのが大好き。このまえも自宅のリモコンを隠し、家族みんなで家捜ししたのに見つからず、一週間後にやっと彼女の筆箱の中から見つけた事件があった。彼女に悪気がないのはリモコン探しのときもみんなと一緒に一生懸命探していたから確か。ただ彼女は自分が隠した場所だけではなく何かを隠したという事実まで忘れてしまう癖があるのだった!
 さっそく彼女を尋問。「私の財布隠したでしょ?」「隠してないよー遊んだだけ!」(つまりは遊びのつもりで隠した、と。)「私の財布見なかったって聞いたよね?隠したなら何で教えてくれなかったの?」「んー、んーわすれてた!」「…わかったからこれから人の大事なものを隠さないように!約束!」「OK,OK」(多分無理だ、これは…。)
 なくなったときどこで無くしたか、あらゆる可能性考えたつもりだったのに、「子供がかくした、しかもソファーのすきまに」ってのはさすがに思いつかなかった。完全に子供に敗北。

災難続き                                  5月2日

 4月29日、火曜日。午後5時ごろ。突如としてシチリア行きを決める。ポッツァ−ロ行きは月、水、木だから一泊旅行が出来る。しまっていないことを祈りつつ旅行社に向かう。よかった、開いている。さすがは観光シーズンになってきただけある。旅行者は昼間はなかなか旅行社にいけないから、それに対応しているのかもしれない。明日のフェリーチケット買いたいんだけど、というと、明日?フェリーなんてないぞ?とのおことば。そんなはずない、時刻表調べたんだから、とくってかかると、明日はまだ4月だよ、といわれる。しまった、便数が増えるのは5月1日からだ。もうすっかり五月だと思い込んでいた。飛行機のチケットはどうか訪ねると、カターニア行き往復Lm59(税別)。これくらいならいいやとすぐに購入。フライトは朝6時なので、4時半に来てもらえるように知り合いの運転手にタクシーを予約(Lm6)。急いで準備をする。
 4月30日、朝。空港にはタクシーで15分ほどで到着。チェックイン、出国手続きをしてまつ。だか、予定の6時を過ぎても、搭乗手続きが始まらない。少しするとアナウンスがあり、天候事情のため、飛行機が遅れます。遅れの程度はわからないので、一時間後のアナウンスをおまちください、ときた。天気すごくいいのに、やはりカターニア独特のエトナ山噴火による天候事情なのか?。まあ、6時のフライトだし、ちょっとくらいおくれてもいいか、と寝ながらまつ。
 でもさすがに9時を過ぎるとイライラしだす。サンドイッチと飲み物のバウチャーがくばられ、食べながら搭乗手続きカウンターを見ていると、フライトをキャンセルしている人がちらほら。朝から動けるのが魅力的でチケット買ったのに、さすがに三時間は遅れすぎ。
 10時まで待ち、ぜんぜん状況が変わらないのでキャンセルすることに決定。このフライトキャンセルしてチケット払い戻したいんだけど、と告げる。明日からは5月だから、フェリーで行くほうがやすいし。旅行社を通してかったチケットだから、その旅行社にいかないと払い戻せるかはわからない、といわれたので、とりあえずフライトの日時を一週間先に延ばしてもらう。出国したときとは逆のルートで係りの人につれられて戻り、パスポートの出国スタンプには手書きでキャンセル、とかかれる。イミグレを通った瞬間、免税店でアルコール類を買っておけばよかった!と後悔するがすでに遅し。
 バスでスリーマにもどり、旅行社に行くと、手数料Lm2でチケットは無事キャンセルできた。結局私は半日と交通費と、キャンセル料を空費しただけ。まあ、それでもいろいろな体験が出来て面白かったけど。
 家についてインターネットでマルタ国際空港の発着状況をチェックすると、飛行機はまだ飛んでいない。最終的にはフライトはキャンセルされ、夜19:50の便に乗ることになった模様。早めに帰ってきておいてよかった。その時間まで待った人は果たしていたのだろうか。

財布をなくした!                              5月1日

 4月26日、財布を落とした。海外生活長いけど、財布をなくしたのはこれが始めて。財布に大切なものをや大金を入れる習慣はないはずなのに、財布に入っていたのはLm10。しかも、エジプト旅行のときに必要だったクレジットカードとシティバンクのカードが入れっぱなし。
 クレジットカードの利用明細はインターネットでも確認できるので、不正利用されていないかチェックしつつ、インターネットから日本のクレジット会社に電話。インターネット電話からはフリーダイヤルがかけれないので、普通の営業所にかける。こういう事態が起こったときに、安い料金で電話がかけられるというのは本当にありがたい。カリカリせずに、ゆっくり話をきくことが出来る。カード会社に停止の依頼をし、再発行手続きについても問い合わせる。私が持っていたのは郵便局とのジョイントカードだったので、郵便局に再発行依頼をするように言われる。あとは、警察へ行って紛失証明をとってこい、とのこと。マルタで郵便局のカードを無くしても通帳から引き落とすことなんてできないだろう、とおもい、郵便局への連絡は後回しにして、シティバング香港に電話。香港は英語も中国語も通じるから、英語でしゃべればいいのに、こういうときはどうしてかやはり中国語になってしまう。中国語も長い間しゃべってなくてわすれているような気がしているものの、やはり英語よりはよっぽどしゃべれる。
 これはすごくべんりで、電話でカード番号、暗証番号を打ち込んでそれが正しければすぐ止めてもらえた。一回も使ったことなかったし、使う予定もなかったのであんまりこまらない。
 次の日、警察へいく。マルタにいる間にお世話にはなりたくなかったのに。マルタに来た初日にホストファミリーのお父さんが車で町を案内してくれながら「ここが警察。お世話にならないようにね」と冗談交じりに注意してくれたのに、滞在あと一ヶ月をのこして警察に行かねばならないとは。警察にはあんまり行きたくなかった。向かいにある郵便局にいったときのマルチーズの対応がすごく悪く、なにかとんでもないこといわれるような気がしたので。でも、ちかくにビール500ml缶28cでうってるお店があるから、といいかせて警察に向かう。入り口をはいり、一番手前の部屋へ行くと、なんだかおばあさんと警察官がマルタ語ですごい言い合いをしている。待つこと五分あまり。興奮してわめいていたおばあさんは帰っていき、警察官のほうもかなりまいっているようす。第一声は「ハロー。ありゃひでえ女だ。クレイジーだ。だから女は嫌いなんだ」と言った後、思い出したようにすぐジョークジョーク、と付け加える。一応私も女だということを思い出したらしい。財布を無くしたとつげるとパスポートを出すようにいわれたので、パスポートを渡す。私の日本国、のパスポートを見た瞬間、「日本人?まさかあのウイルスもってないよね?いやこれもジョークジョーク」などという。この人のジョークはあんまり笑えない。まあ、マルタのひとにとっては日本もシンガポールもタイも中国も香港も一緒なのかもしれないけど、一応「私は去年の9月からいるから大丈夫。あと、SARSは日本では広まってなくて香港とか北京がすごいんだから、そのジョークは中国人にあったらつかってみたら?」といっておいたけど。
 簡単にいつどこでなくしたのか、中身は何かとかを聞かれる。べつに財布自体も安物だし、出てくるのを望んではいないというと警察官はうれしそうな顔をした。面倒が少なくていい、というところだろう。クレジットカードを再発行したあと、警察の紛失証明書をクレジットカード会社に提出しないといけないんだけど、というとOKOK,と鼻歌交じりで作成してくれる。5分ほどで作成終了。プリントアウトしてはんこしおしてもらっておしまい。あんまりあっけなくおわって気が抜けるぐらい。ジョークはきになったけど、いい人だった。
  次の日、郵便局に電話するが、今日は休日、とのアナウンスが。すっかり忘れてたけど、日本はゴールデンウィークか。年中無休のフリーダイヤルには電話がかけられないので親に電話してかけてもらうことに。これでほとんどの手続き終了。
 実害はすくなかったけど、時間をかなりロスした気がする。まあ、緊急時の連絡など、いろいろ勉強になったけど。あとはクレジットカードが再発行されるのをまつばかり。


クルーズ                                  4月30日

 4月27日、alliancecruise のツアーにてマルタ1週ツアーに出かけた。ユーゴスラビア人ファミリーの子供二人も一緒。予約なしで出発の15分前ぐらいにスリーマのバーガーキングの前から船に乗り込んだときには、すでにデッキの席はほとんど埋まっていた。日曜だからか、観光客が結構多い。船は時間通り出港し、時計と同じ回り方でマルタ島を一周する。途中から風が強くなり、寒くて室内に避難。ほとんどの人が船内に避難していた。コミノ島につく前に昼食。すごい行列。ビュッフェ方式とはいえ、もう一度並ぶ気にはならないので、多めにとるか、サンドイッチか何か買ってきたほうがよい感じ。ちなみに、船はそう大きくはなく、船のうえで日光浴をする程のスペースはなかった。
 一時ごろ、コミノのブルーラグーンへ到着。他のクルーズ船なども含めてかなりの人でうまっている。水はまだ冷たかった。入った瞬間は冷たくてこれは泳げない、とおもったけれど、少しすると慣れて、15分ぐらい浮かんでいた。三分の一の人が泳ぎ、その他の人は日光浴、といった感じ。
 3時間ほど滞在して、スリーマに向けて出発。5時半にスリーマ着。値段Lm8.95で一日十分楽しめた。

議会選挙                                 4月20日

 パソコン故障のせいでタイムリーにかけなかったけど、マルタにとってはもう二度とないことだし、一応残しておこうと思う。4月12日与党国民党が過半数の議席を獲得し、勝利。EU加盟が確実となった。
 4月12日。天気はすごくよかった。この日はユーゴスラビア人一家とともにカッパラにあるサンダウンコートというスポーツクラブに出かけていた。テニスコーチのお父さんは息子にテニスを教え、奥さんは友達とプールサイドでおしゃべり。私は5歳の娘と一緒に縄跳びしたり花を摘んだりしていた。
 11時半ごろ、遠くからクラクションの音が聞こえてくる。奥さんが、午後の予定は全部キャンセル、家に帰る宣言をして、皆をせきたてる。国民党が勝ったから、道がすごく込むし、大変になるから、とあせっていたけど、そんなにすぐに騒ぐものだろうか、と私は半信半疑。結局12時ごろにスリーマに向けて出発。
 すでにスリーマはすごいことになっていた。とある道ではすでに踊れや飲めやの大騒ぎが始まっていて、通れないところもあった。こっちからも、おめでとう、よかったね!といったり、手を振ったりすると、むこうもすごくうれしそうにこたえてくれる。
 プロムナードであるタワーロードはすでに車で埋まり、EUやマルタなどの旗が車やフラットを飾っていた。鳴り物とクラクションの音がすごく、とても窓を開けることなど出来ない。しばらくすると道沿いにビール、鳴り物、旗を売る店が出現し、いたるところにゴミ箱が設置される。スリーマの騒ぎは夜7時ぐらいに収まったけれど、きっとサンジュリアンでは遅くまでうるさかったのだと思う。
 次の日。朝は静かだった。騒ぎは終わったのか、と安心していたのもつかの間。昼間から昨日と同じことの繰り返し。とくにトラックにのって音楽をかけながら踊っている人たちが多い。ちょっとばかりこの騒ぎに呆れ顔の観光客にむかって写真とって!などと陽気に頼んでいる。
 この騒ぎも、二日間で終了。後に残ったのはプロムナードのいたるところに散らばるビール瓶のかけらだけ。
       

  

買い物                                     4月4日

  タワーズスーパーマーケットにて。イエロービーンズソース、スパゲッティ500グラム、牛乳、生クリーム、ベーコン200グラム、ひき肉豚牛各500グラム、豚肉ステーキ用二枚、赤ワイン、缶ビール大4本、合計Lm8.9.



買い物                                     4月2日

  今日はタコリーナの前のトラックの八百屋さんの野菜がえらく充実していたので、まとめ買い。茄子3つ、ほうれん草1キロ、レモン2つ、ピーマン6個、赤白ワイン一本ずつで合計Lm4.5。






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